【私の視点 観光羅針盤 133】人間中心の街づくり 清水慎一


 この正月、成田空港からの直行便が通じたオーストラリアのメルボルンを初めて訪れた。フィリップス島のペンギンパレードの見学などが目的だったが、何といっても一番楽しめたのが、オーストラリアでもっともヨーロッパらしさを残すという市街地の街歩きだった。

 人口400万人のメルボルンの中心市街地は東西南北わずか数キロのコンパクトな街並みだ。ビクトリア様式の建物や街路樹が連なる通りは碁盤の目状で、トラムが縦横無尽に走り抜ける。しかも、歩道、トランジットモールなど歩車分離が徹底している。

 オーストラリアというと車社会というイメージだが、全く違った。市街地は完全に人間中心で、どこも親子連れ・お年寄りなど住民や世界からの観光客がのんびり歩いていた。すべて名前が付いた通りは分かりやすく、ベンチやトイレも十分整備されていた。

 しかも、中心市街地を走るトラムは乗り放題無料だった。市街地を1周するトラムは市内見学に最適で、美しい街並みに歓声をあげる中国人観光客であふれていた。現地ガイドによれば、最近急増し、今やその数は日本人観光客の5倍ぐらいだという。

 このような心地よく街歩きを楽しめる、魅力ある街づくりという点では、日本の都市ははるかに遅れをとっている。車中心で市街地が衰退している日本の都市に比べて、人間中心のコンパクトな街づくりに徹しているメルボルンの街の魅力を見習うべきだ。

 人間中心の街づくりの重要なポイントは、トラムなど人にやさしい公共交通の整備だ。日本では、高度成長期に車優先の発想でトラムなどをどんどん切ってきた。結果的に市街地空洞化や人口流出に拍車をかけ、観光にも悪影響を与えているのは、周知の通りだ。

 一方、メルボルンでは、市街地だけではなく、郊外に通じる鉄道路線網も極めて充実している。いまだに鉄道の増強工事が続いているのも驚きだ。工事現場の看板に書かれていた「MORE TRAINS・MORE OFTEN」という言葉が、彼らの考え方を如実に表している。

 言うまでもなく、観光地域づくりにとって、街歩きは必須だ。訪日外国人が滞在中にしたことでは「街歩き」が「日本食」「ショッピング」に次いで第3位になっている(観光庁調査)ことで明らかなように、観光には不可欠だし、地域にも確実に効果をもたらすからだ。

 今後、欧米豪の観光地に伍して中国などアジアの質の高い富裕層などを安定的に獲得するには、街歩きを楽しめるように街の魅力をもっと高めなければいけない。そのためにも、人間中心のコンパクトな街づくりやトラムなど公共交通の整備がますます大事になる。

 それが、観光だけではなく、人口減少・高齢化社会の暮らしにも対応できることを銘記すべきだ。

(大正大学地域構想研究所教授)

 
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